なぜ私はアカデミックに進まなかったのか

2020年7月15日

 お越しいただきありがとうございます。カルフです。企業研究者として働き始める瞬間が近づいてきました。ワクワクします。実際に働き始めると、想像と異なる点がいくつも出てくるでしょうが、お得意の努力の継続で乗り切って見せます(笑)。さて、今回は私がなぜアカデミック(大学教員と思って頂ければ結構です)ではなく、企業の研究者になったのかを記そうと思います。正直すごく悩んだんですよね。元々、私は大学教員にあこがれて博士課程に進学したので。大学教員にあこがれた理由は、私が”研究”と”教育”に情熱を持っていたからです。では、そんな私がなぜ企業への就職を選んだのでしょうか?大きく分けると、理由は以下に示す4つとなります。

・実力不足と判断した

・給料に納得できなかった

・自分の時間が欲しかった

・研究以外に必要な”教育”レベルが低かった

さぁ、それでは1つずつ見ていきましょう!

実力不足と判断した

 正直これが1番大きいと思います。後ろの方であーだこーだ述べていますが、これに尽きます。アカデミックの採用について現状を述べると、

・採用数は年々減少

・雇用期間付きが大半

・超人クラスの仕事処理能力が必要

と表現できると思います。一般の方も一度は聞いたことがあるかもしれません。科学技術に割かれる国家予算の額は減ってきていますので、採用数が減少するのは当然だと思います。さらに、大学側の視点を解説すると、予算が少ない中、終身雇用で”ハズレ”な人材を雇用してしまうのが最大のリスクなんですよね。よって、「雇用期間付きで採用&期間切れのタイミングで審査して更新」というシステムが一般化されるのです。そして、大学教員の仕事内容は信じられないくらい多岐に渡ります。以前、私の教授が「教授はスーパーマンじゃないと務まらないよ」と言っていました。6年間その姿をそばで見ていると、この言葉に100%同意です。とにかく高い仕事の処理能力が必要です。つまり、これらの話をまとめると、大学教員は

・研究者の中でもトップクラスの人間だけがなれる

となります。博士課程の3年間で、このレベルに自分があるか、もしくはなれるかを見極めていたのです。そして、D2の終わりに、私はその実力には届かないと判断したので、企業への就職を選びました。ただし、企業の研究者もやりたい仕事の1つであったため、完全な逃げとは、また一味違うものだと思います。実際、現在企業の中で多くの同期と仕事を進めている自分に非常に満足しています。楽しいですもん!

給料に納得できなかった

 次はお金に関してです。浅はかかもしれませんが、個人的に年収1000万は欲しいと思っていました。そこで、思い切って教授に聞いてみました。すると、「50歳の時点で年収1000万円には全く届かなかった」と言ってくれました。それに対し、それなりの企業に博士卒で就職すれば、40代で1000万には届くんじゃないかなと思います。よって、私の中で大学教員の優先度が低くなりました。

 博士課程の間、生活費は全て自分のお財布から出していましたが、それでも年間で100万円以上溜まっていきました。自分の生活費は家賃・食料込みで月に10万円くらいだったと思います(ここは地方大の利点が出ていますね)。つまり、私の生活においてあまりお金は必要じゃないのですが、それは私がまだ独身だからです。将来自分に家族が出来た場合、お金は必要です。結婚できるかは…努力の継続で何とかします!(笑)

自分の時間が欲しかった

 これは自分が多趣味なことと関係しています。6年間研究室に在籍し、アカデミックの現場にいる先生方を間近で見てきました。意味わからんくらい働いています(笑)。いつ寝てるんだと思うくらい研究室にいます。みなさん、口をそろえて「研究が趣味じゃないとやっていけない」と言っていました。私は正直それほどまでに研究を愛してはいませんでした。Likeくらいです。そして、他にも色々Likeなものがありました。ドラクエしたいし、スポーツしたいし、他にも挑戦したい事がたくさんありました。アカデミックの世界に入ると、これらは一気にできなくなります。家族が出来たらなおさらです。私はそれに耐えられないと判断したので、企業への就職を決めました。最近企業で知り合った博士の研究者も同じことを言っていました。

研究以外に必要な”教育”のレベルが低かった

 冒頭で少しだけ触れましたが、大学教員のお仕事は大きく分けて”研究”と”教育”になります。「他にも意味のわからん仕事が山のようにあるだろ!」と思った方、おっしゃる通りです(笑)。すみません。ですが、ここでは話の簡略化のために、こう分けさせてください。大学教員の意味わからん仕事は今度別の記事にまとめたいと思います(今思いつきました(笑))。さて、私は”教育”にも興味があったため、大学教員が魅力的に見えたと述べました。実際、大学入学時は中学校教諭を志していましたし、学部卒業時に中学・高校教諭の理科の免許を取得しました。そして、6年間在籍した研究室の間に、先生方のお仕事を隣で見ていました。研究に関わる教育は、私も携わりましたし、やりがいがすごくありました。しかしながら、それ以上に基礎的な”教育”が多過ぎたのです。

・あいさつをしよう

・報連相をしよう

・日本語の文法を勉強しよう

体育会系の私としては「なぜこれらが義務教育の間に身についてないんだ」と不思議に思ってしまいます。研究の教育をさせて!と思ってしまうんですよね。大学教員になってこんなことを教えないといけないのであれば、中学校の先生になった方がやりがいがあると感じました。高偏差値大に行けば、少しはマシになると思うのですが、私がそんな大学のポストを得られる可能性はかなり低いと判断しました。

 最後までお読みいただきありがとうございます。いかがでしたでしょうか?自分がアカデミックの道を選ばなかった理由を正直に書いてみたつもりです。意味のない仕事が大幅に削られたり、待遇が見直されれば、大学教員は私にとっていつか戻りたい世界となります。でも今は一度足を踏み入れた企業研究者として最大限努力をしてみようと思います。大学に入ってから、努力を継続することで、自分の道を切り開いてきました。企業でも新たな道を見つけていこうと思います。努力は…いいもんですよ!ではでは~!